答え合わせは数年後~転勤族の夫との結婚、退職、そしてワンオペ育児を経験して。

冬に咲く桜があるって知ってますか?その名も冬桜。華やかに咲く春の桜とは違い、ぽつぽつとまばらな咲き方をします。すぐには散らず、一か月くらい見頃が続くのも特徴。寒空の下咲き続ける冬桜の風情が、私はとても好きです。

秋から冬にかけては寂しさを誘う時期なのか、来春から息子が幼稚園に入るのがなんだか寂しい最近です。育児的には楽になるので嬉しさもありますが、嬉しさと寂しさが半々くらい。そんな最近、自分の育児の来し方を振り返ってみました。

自分の選択を信じられなかった、退職からのワンオペ育児

私の今の育児生活は、たぶんワーママと専業主婦のちょうど真ん中くらい。転勤族の夫と結婚した当初は会社員でしたが、上の子供が生まれてから在宅で仕事を始めて、6年になります。最初は育児の合間にちょっと下請け仕事をするくらいのところから始めて、だんだんと仕事量が増えて一時保育を利用するようになり、6年経った今は、上の子は小学校へ上がり、下の子は週3回の一時保育を利用しています。来年は幼稚園生。

この暮らし方にはっきりとした判断や意思があったわけではなく、ぼんやりと「転勤あるし、会社員をずっと続けることは難しいんだろうな」と思ったことが発端です。退職の経緯は、仕事自体が嫌というよりは「どのみち続けられない仕事で、こんなに消耗する必要があるのか」と思い、転職しようと思ったのが始まりでした。想像でしかありませんが、そもそも転勤族の夫と結婚していなかったら、正社員の仕事を辞めてなさそうだと思います。

が、ほどなくして妊娠して、子供が生まれてからは育児にどっぷり…という生活がスタート。世帯の収入が減ったこと、専業主婦という選択が果たして自分に合っているのか自信がなかったこと…。育児が始まった当初は、少なからず葛藤がありました。

子供はとても可愛かったですが、夫と子供のサポートがメインの生活となったこと、せっかく手に職をつけたのにそれが失われてしまうこと。どれも漠然とした不安で、「会社員を辞めなかったもうひとつの人生」をどこかで考えてしまう瞬間が何度もありました。

それでも「一緒にいられてよかった」と思った、6年後

三歳児神話なんて私は信じてはいないですし、一時保育もいっぱい使って子育てしてきました。そんな私が「どっぷり育児」なんて言えるものではないですが、それでも、子供と過ごす時間の長かった6年間でした。

もちろんバラ色の育児生活なんてことはなく(笑)なにひとつ思い通りにならないスケジュール、大人と話す機会の減少、発達への不安…体力や精神力は磨かれるものの、まぁ老いも加わってきて老けるし、社会との接点も減ったぶん、仕事のスキルは遥か彼方へ。ふとした瞬間に敬語すらまともに使えず落ち込んだこともありました。

葛藤もある中で圧倒的に長い時間を子供と過ごして6年が経ち、それでも、今自然に思うことといえば、育児にたくさんの時間を割くことができて楽しかったな、ということ。

四六時中膝に乗せてむぎゅむぎゅしながら過ごし、時にキレ、時に抱きしめながら一緒に過ごしました。歩いた瞬間も、しゃべった瞬間も、はじめてのトイレ成功も、お友達と一緒のときに見せる表情も、いっぱい見られたなぁと思います。それは、子供にとって良かったというよりは、私にとって良かった。自分のためになったと思うことです。

それで、思ったんです。

私は本来、先を考えて独り相撲しすぎるところがあって、「夫が転勤族」くらいの要素がないと会社員という立場を手放すことは出来なかったかもしれないと。多少の不満はあれども、そのまま週5、勤めていたんじゃないかな。

そうすると、子供との思い出はまたちょっと違ったのではないかと。今みたいな、子育てを堪能した感ってあったのかな?と。

まぁ会社員だった場合の子育ては経験していないので、わかりません。もっと限られた時間でもしっかり子供と向き合っていたかもしれず、正社員ダブルインカムの豪勢な家族旅行とかたくさん行けたかもしれず、どちらがいいかはわかんないですけどね。

でも、この6年間を振り返って、会社員生活を手放したこと、ただ「いっぱい一緒にいた」「子育て堪能した」ことをを肯定できるのが、いちばん嬉しいことです。

判断の良しあしは、その時点ではわからない。答え合わせは数年後。

女性の仕事や育児に関する日々の積み上げ方は、大なり小なり、判断だらけ。能動的に出す結論もあれば、否応なく決まってしまうこともあると思います。私にとっての「住む場所」や「育児環境」が夫の転勤によって必然的に決まってしまったように。

私の場合は、いつもそれほどの選択肢があるわけではなかったと思います。その選択肢の少なさは、結婚や育児のために退職した方や転勤族の妻なら、誰もが共感するところではないでしょうか。なので、思考パターンとしては、「どう判断するか」よりも「どう正解にするか」――少ない選択肢から選んだ答えを、なんとか成功にしようという思考で動いてきたように思います。

育児にも生き方にも正解なんてないし、答え合わせって言葉は間違った表現なのかもしれません。ただ、その時点での変化を、判断を、いいものであるかどうかが決まるのって「その時点」ではなくて、「その後のこと」なんだと思います。

答えの良しあしが分かるのは数年後。その数年の間で、その判断や変化を意味のあることにできるかどうかが決まる。そういう意味で、私は「会社員の退職」という判断を、正解だったと今思うことができるのが、嬉しいです。結果的に子供と一緒にたくさん時間を過ごせて、どこでも生きていける仕事が得られたからです。

そして、道はまだ続く…?

自分の選択を正当化しようなんて馬鹿げている。大切な子供の関わる育児ということを正誤で判断するなんて、なんて自分は浅ましいのだろうと思います。

でも、子供が可愛い、愛してる、と思う脳の半分で、自分の積んできた道は途切れてしまうのかな、どこかに残る社会への敗北感はなくならないのかな、と歯がゆさが残っていたのも本当のこと。あんまり美しくない本音だと思いますが、ただ、その悔しさや、自分の判断を正当化したいがためのエゴが、今の環境に連れてきてくれたのも事実です。

どうにもならない黒い感情も使いようだな、と。

そして、子供が生まれてからの数年をわりと肯定している私ですが、あえて不満を上げるとしたら財政面かと。年収に関してもおいおい正社員時代に追いつけたら、たぶんほんとに120%肯定できる気がするんですけど。…精進しよう。

結局は今に向き合うしかなく、なんらかの干渉や判断ができることは常に「今」にしかない。そのときどきの判断を正しかったと思いたいなら、判断した地点の先の道で昇華していくしかないなんだな、と。

時間かかっても叶うように、粘り強く。

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